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献体の心と長生き時代

 

篤志解剖全国連合会会長 外崎 昭

 

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「わが国の献体」という459頁におよぶ記録集(日本解剖学会解剖体委員会<星野一正委員長>編、昭和59年)がある。お陰様で、私たち後輩が、藤田恒太郎:白菊会の発足(昭和30年10月15日、日本医事新報)、新島迪夫:実習用解剖体の不足とその対策−特に医師諸賢に訴える−(昭和46年2月20日、同)などの資料、山田致知:解剖体問題近代化への道、星野一正:解剖体委員会報告など、「献体立法」実現までの経過を示す貴重な記録等を、手近に読むことができる。
星野先生等の努力によって、諸外国の実情や古い話もかなり詳しく紹介され、また藤田真一氏のように自己体験を結晶化させて世に訴える言論人がいて、どれほど献体運動の広がりが早められたか計り知れない。

 

<押しよせる波>
「やがて医師・歯科医師になる若者に期待する」という願いをこめて、黙々と献体を実行する人々の数、年間およそ3千人。白菊会の発足(昭和30年8月17日)から今日まで、40年間の累計は、4万人を越える。折から、長生きの傾向が進み、いずれ全国民の1/4が65歳以上になるという。長生き時代の波は、どこよりも早く、私たちの献体運動に向かって押しよせてくる。
どの団体でも、80歳から百歳にせまる会員が多くなっている。新しい介護保険制度が国の大問題となる一方では、年齢を忘れて、心身ともに元気という会員が、ますます多くなっている。いくつかの大学は、多すぎる献体の受け入れに困ったり、一部の団体は、新入会の受け付けを減らしたりしている。全連事務局に、せっかくの問い合わせがあるので、本人の住居に近い大学や団体に連絡・斡旋しても、歓迎するとの返事をもらえないケースが少なくない。
「旅先で倒れたら、遺体を引き取りにきてくれますか」という質問にたいしても、費用のことを考えると、多くの大学は「ノー」ないし「約束できない」としか返事ができないそうである。かつては、当然であるとされた「旅先の最寄りの大学に、引き取りを依頼する」ことも、今では、不可能な場合が多いのである。

 

<21世紀に生きる献体の心>
解剖用の遺体が少なくて、困っていた時代に、医学・歯学を学ぶ学生の未熟さを承知しつつ、よりよい社会の実現を求める先輩たちが、献体運動を始めた。社会福祉制度の充実とともに、40年間の献体の報酬として、長生き時代が到来した。
非加熱血液製剤の薬害問題が、医学関係者の倫理と責任をめぐる論争を巻き起こしている。原料血液の供給源を、同胞の助け合いではなく外国産の供血に頼っていたことに誤りはなかったか。また、臓器提供者の人権擁護を重く見る余り、移植医療に実際を経験する機会を許さなければ、専門性の高い医師も医療スタッフも、この国には育つことができないのではないか。
献体の心は、命と健康を守る者とそれを享受する者の責任を、永久に問い続ける。献体の数が潤沢である以上に、医師・歯科医師の数が過剰であるという。いずれも、量より質を試される時代がきたのである。

 

 

 

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